受講生インタビュー

 

第2回 山﨑 貴弘さん

第2回目は、山﨑貴弘さん。
狭き門をくぐりケネディスクールへの入学を果たした経緯から留学先での想い、と数年にわたっての経験を振り返っていただきました。
そして、今思い描く山﨑さんのビジョンとは?

山﨑 貴弘さん Takahiro Yamasaki

日本銀行を経て、ハーバード大学ケネディ行政大学院に進学。
現在は、MCアビエーション・パートナーズ 財務・経理部 課長(日本銀行より出向中)。また、NPO法人MPIにて理事長を務める。訳書に『リーダーシップ 6つの試練』(英治出版)

【受講コース】

CBT270点コース(現 TOEFL105点コース

(肩書き・役職等はインタビュー当時のものです)

プレゼンスとの出会いから留学実現に至るまで

――

プレゼンスとの出会いは、いつにさかのぼるんでしょうか?

山﨑:

2005年2月の本当に寒い夜でした。
留学の社内選抜があった2004年12月からの1年間の出願プロセスの中で、プレゼンスに出会ったのです。

公的セクターにおけるリーダーシップに興味があった僕は、どうしてもケネディスクールで学びたいと思っていました。
しかし英語が不得手だったうえ にスコアも伸び悩み、「これは相当厳しいな」と思っていた矢先に、太郎さんの本(弊社創業者 杉村太郎著『新TOEICテスト900点 新TOEFLテスト100点への王道』)を手に取ったのです。それからすぐ、「とてつもないギャップを埋められるのはここしかない」という思いでプレゼン スの説明会に参加しました。

「こんな点数ですが出願まであと10ヶ月しかありません。やはりケネディは厳しいでしょうか」という僕に、太郎さんは「本気でやれば大丈夫です。絶対ケネ ディに行きましょう」と力強く応えてくれました。これだ!と確信した僕は、翌日から始まるコースにその場で申し込みました。いきなりお金払っても大丈夫か な、と思いましたが(笑)。

――

当時プレゼンスに通っていた中、印象に残っている事はなんでしょうか?

山﨑:

とにかく、集まっているメンバーの気合がすごかった。
当時の僕は仕事で多忙を極めていたうえに、プレゼンスでも山のような課題を出されるので、も うフラフラでした。でも、夜中に帰宅してメールボックスを見ると、クラスメイトから続々とメールが届いているんです。「俺は50ページやった」「目標スコ アがもう少しで出そうだ」「こういうふうに時間をつくればいいんだ」と。
僕だけ怠ける訳にはいかないと思いましたね。

――

どういった時間に勉強していたのですか?

山﨑:

まとまった時間がとれないので、スキマ時間を大事にすることを心がけていました。例えば、職場で同僚と昼食をとることが多かったのですが、「僕にはどうし てもやらなければならない事があるので、これから飯は食べません」と宣言して、周囲が「え、お前どうしたの?」とあっけにとられる中、昼休みを単語の暗記 に充てたりもしていました。

あとは、高いモチベーションの維持も重要ですね。目標点数から逆算すると、どう考えても普通にやってちゃ間に合わない。とにかく「トップスピードのまま走り続けないとまずい」ということで、ケネディスクールのビデオを毎日見ていました。

――

本当ですか!

山﨑:

「俺は絶対ここに行くんだ」って毎日念仏のように唱えていましたね。
当時は、もうそうでもしないと受からないと本気で思っていたので。周りから見ると、若干変だったでしょうけど・・・

――

ぐっと英語力が伸びた、という実感はどういった時に感じましたか?

山﨑:

スコアという点でみると2段階ありました。2月に今のiBTでいう75点くらいから出発して、100点(CBT250点)の手前までは、わりとスムーズにスコアが伸びました。初段階はプレゼンスに通って2ヶ月くらいで結果が出たことになりますね。
メソッドとして、こうすれば点数が伸びるんだな、ということが体感できました。基礎力がつくと、ライティングの点数が安定して、リーディングも漏れがなくなりました。

ただその後、リスニングはどうしても時間がかかりましたね。5、6月ぐらいに、「ある程度力がついたのでスコアが出るかも」と期待したんですが、結果に結 び付くまでにそれから2、3回は受験しました。で、結局ギリギリの7月にスコアが出たんです。しかもその時ライティングがたまたま満点!欲を出してもう一 回受けてみたら、7月のスコアには遠く及ばない点数でした。

――

本番力ですね!全てが噛みあう瞬間がきましたね。

山﨑:

運も実力のうち、あるいは“努力は運を引き寄せる”のかもしれません。

杉村から送られたコトバ

――

留学する前、創業者の杉村が山﨑さんにコトバを贈ったそうですが。

山﨑:

「自分が一番になることよりも、
はるかに大事なもののために俺たちは命を捧げよう」

出国直前にお礼とご報告を兼ねて、太郎さんのご自宅に妻と伺ったんです。
『アツイコトバ』(杉村の著書)を持参して「是非メッセージを」とお願いした際に、この言葉を贈っていただきました。

最後までやり切れる人なら必ず結果が出る、それがプレゼンスです。
つまり、目標達成に向けたメソッドは、コーチの皆さんがしっかりと用意されているんですね。ただ、僕自身も太郎さんのコトバでハッと気づいたのですが、プレゼンスで学ぶ本当の意義は、スコアアップや留学といった狭い意味での「結果」を出すことではないんだなと思いました。

僕なりの解釈ですが、私益を超えた「はるかに大事なもの」のために、プレゼンスに来て自分の力をつける、太郎さんはプレゼンスをそういう場所にしたかったんだな、と。

――

そういう学校にしていかないといけない、と今改めて思います。

山﨑:

してくださっていると思っていますし、これからもそうあってくれると信じています。

ハーバードケネディスクールで学んだこと

――

その後ケネディで学んだ、一番大切な事とはなんでしょうか?

山﨑:

実はビジネススクールやロースクールと違って、ケネディスクールでは目に見えるスキルはあまり身に付かないんですよね。いや、それよりもむしろ大事なことを学ぶことができました。
ケネディに集う人たちは皆「世の中を良くしたい」と本気で思っている。「俺たちが社会を変えなきゃいけない、変えるためにここで学んでいるんだ」と真面目な顔で言ってしまう連中です。

ただそれは、必ずしも大統領とか経営者になるといった狭い意味でのリーダーになることとは限りません。むしろ家庭や職場など、それぞれの持ち場で一人一人 がリーダーシップを発揮することが重要なのです。どんなフィールドであれ、世の中を良くするために自分らしく挑戦することこそがリーダーシップだと学びま した。

例えば、「アメリカの大統領」というクラスの教授は、最後の授業で学生達にこんなメッセージを贈ってくれました。

「この授業は、君たちが大統領になるための準備をするクラスだ。あるいは将来大統領執務室など、そういう場所で働く人材を育てる授業だ。アル・ゴアもこの 授業を取っていた。しかし、どれだけ偉くなっても忘れてはならないのは、君たちの前には常に”think about yourself first”と”think about others first”の二つの選択肢があるということだ。そしてどんな肩書きを持っていても後者を選ぶリーダーがいる限り、私はこの世界に希望を抱き続けるだろ う。」

その後、教室ではスタンディングオベーションが起きました。「こうやって人をinspireすることこそが本当の教育なんだ」と心から感動しました。

知識やスキルも確かに大切です。けれど真の教育とは、大きな目標・志に向かって自走するための仕掛けやメッセージを提供すること。そうした教育に触れた人は、何年経ってもメッセージを思い出し、初心に返って挑戦を続けることができるのです。
これは、プレゼンスにも共通していると思います。「自分や自分たちが一番になることよりも、はるかに大事なもののために俺たちは命を捧げよう」という太郎さんのコトバに集約されていますね。

――

ボストンと表参道の志を“線”にして語ってくださり、ありがとうございます。

山﨑:

太郎さんも実際に経験したからこそ、根底には一人でも多くの人に、ケネディのような素晴らしい場所で学び活躍して欲しい。またその人が戻ってきて「イズム」を広げていって欲しい、という想いがあったんだと思います。
僕自身もしっかりそういう志を引き継いでいきたいですね。

留学を目指す方へのメッセージ

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は、プレゼンスに集って留学を目指している方へのエールをいただけますか?

山﨑:

必ずしも留学を目指す方へのエールという訳ではありませんが、合格した方と不合格だった方、それぞれの方へメッセージがあります。

まず合格した方へ。
1つ目は、「合格してからがスタートだ」ということ。
2つ目は、「感謝を忘れずに」ということ。
合格通知を受け取って最初に思ったのは、「本当にありがたい」ということでした。応援して下さった方々への感謝の気持ちが、「決して自分一人の力で受かったわけじゃない」ということに改めて気付かせてくれました。
僕らのゴールは、決して入学そのものではありえません。だから、受かってからこそ一層謙虚な気持ちを持って、また前進して欲しいと思います。

次に、差し出がましいようですが、惜しくも結果が出なかった方へ。
実は、合否そのものよりもむしろ出願プロセスで真に価値あることは、自分と向き合いながら限界にチャレンジするという経験です。こうしたプロセスそのもの が貴重な学びのチャンスであり、結果がどうであれ挑戦は決して無駄にはならないのです。僕自身、ケネディスクールへの挑戦で学んだことは今でもとても役に 立っています。

今後の抱負

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山﨑さんの、今後の抱負をお聞かせいただけますか?

山﨑:

いくつかお話しできればと思います。
僕は幼い頃親父を亡くしています。で、何が自分の原体験かというと、社会に大変お世話になったという感覚です。これを何らかの形でお返ししたい気持ちがあって、その想いで就職先も選びました。

またこの1月に生まれたばかりの息子についても、きちんと育てて社会にお返しするものだと考えています。自分のことだけじゃなくて公の気持ちを持った人になって欲しいなと。

こういった考えが僕の軸になっていますね。

でも、日銀で働くことだけが恩返しとは限らない。であれば、他のアプローチも含めて自分のやりたいことを実現していければ素晴らしいですよね。

具体的には、「日本にも政策シンクタンクが必要だ」という想いでNPO活動に取り組んでいます。日本の政策立案は役所に独占されていると言っても過言ではありません。
通常、競争の中で淘汰されて良いものが残っていくわけですが、なぜか政策はそうなっていない。これは望ましいことなんだろうか、という問題意識が学生の頃からあって、中長期的には政策立案を担えるようなシンクタンクとしてNPOを育ていくのが目標です。

しかしそれは簡単なことではなく、まず学生や若手社会人向けの人材育成や震災復興支援(福島県への無料学生家庭教師派遣など)といった、MPIが持つ強みを活かした取組みを実践しているところです。

日本の社会だと、会社で働きながら、NPOやNGOに参加するという人はまだまだ少ないですが、1人で複数のキャリアを持つという選択も面白いですよ。

あとは、ケネディスクールやプレゼンスで学んだことを活かして、周りの方々の夢をお手伝いしたい、ライフワークとしてそういう活動に取り組んでいきたいですね。人の可能性を大きく開花させる太郎さんの志や情熱に少しでも近づけたらと思います。

――

素晴らしいですね!

山﨑:

10年後の自分にプレッシャーをかけるためにも、あえて大きな目標を宣言してしまいました(笑)。