文化・歴史
中国の祝日① 清明节(qīng míng jié)
4月、日本では桜のシーズンですが、中国には清明节(qīng míng jié)という祝日があります。ある年のお彼岸、中国の友人とメールをしていて、「今日は何してるの?」と尋ねられた私は、「お墓参りに行くよ」と答えたところ、「清明节(qīng míng jié)と一緒だね」と返されました。

しかしながら、この“清明节(qīng míng jié)”、辞書でひいても「4/4~4/6ごろにあたり、墓参りをする習慣がある」としか書かれていません。一体、どんな節句なのか、なぜそのような習慣があるのか、もう少し調べてみました。すると、古い言い伝えの中にこんな話が残されていました。

春秋戦国時代、晋(しん)の国の妃(きさき)であった驪姫(れいひ)は、自分の子を世継ぎにするべく、次の皇帝になるはずであった申生(しんせい)を殺してしまいます。さらに、晋(しん)の皇帝が申生(しんせい)の弟である重耳(ちょうじ)に殺人の汚名を着せます。

その結果、重耳(ちょうじ)は悲しみの中城を追われることとなってしまいます。 ごく少数の家臣だけを残して、彼にはお金も食料も残されていませんでした。 空腹で歩くこともできなくなったとき、ある一人の家臣である介子推(かいこすい)が身を削って食料を差し出してくれました。そのおかげで、重耳(ちょうじ)は十数年を経て帰国し、君主となります。

そののち、重耳(ちょうじ)は苦労を共にした同士を讃えようと賞を授けます。
しかしその中で唯一、介子推(かいこすい)を忘れてしまいます。恩知らずな重耳(ちょうじ)に怒った介子推(かいこすい)は、君主に会うことを避け、山にこもってしまいます。それでも重耳(ちょうじ)は必死に彼を探し続けますが、一向に見つかりません。見かねた君子たちが、「山を焼いてみてはいかがでしょうか?一つの出口を残し、他方を焼いてしまえば、必ずや出てくるでしょう」と提案します。重耳(ちょうじ)は言われた通りに実行してみます。 するとやっとのことで介子推(かいこすい)が発見されました。

ただし、二度と動くことも話すこともできない姿で。


この言い伝えにもとづいているのが、「清明节(qīng míng jié)」です。
現代の清明节(qīng míng jié)には、次のような習慣が残されています。

・禁煙する
・火を通した食べ物は食べずに冷たい物を食べる
・お墓参りをする

この「清明节(qīng míng jié)」は“火を嫌う節句”と言い換えることもできるでしょう。山で焼き出されてしまった介子推(かいこすい)を悼んで、火の使用を避ける。そして、その当時恐らく重耳(ちょうじ)がおこなったように、大切な人のお墓参りをする。背景を理解して初めて、なぜその行動をとるのか、納得できることも多いかと思います。今回は、「清明节(qīng míng jié)」を追いかけてみましたが、日常の行動の中にも無意識にやっていることが、実は深い歴史や理由を含んでいることが多々あるはずです。人とコミュニケーションをとる時もその人の国籍、生い立ち、立場、背景、想い、などなど、言葉以外の要素も汲み取ってアクションできるとより円滑に進むかもしれません。


 
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